| ここに至るための道 |
新聞などメディアの取材も多く、記事のなかには、これまで歩いてこられた決して平坦ではなかった道について触れられているものもある。いま、ここでお目にかかるお顔には、その道の困難さはなかなか見えない。しかし、お話を伺っていくうちに、今のこのお気持ち、そしてこのお仕事に至るまでの道が浮かんでくる感じがする。
転機となった一年がある。フリーのメーキャップアーティストとして活動を始めた矢先、新聞に取材を受けた。その新聞記事を偶然目にしたお医者様(二宮凉子医師:にのみや小児科・ひふ科)から、思いがけない提案を受ける。「セラピーメイクをやってみないか」という話だった。
メイク技術・経験は深いが、“セラピーメイク”など学んだことも無い。人の傷を癒すことなどできないと断った。実は、原口さん自身がたくさんの傷を負っている。離婚も経験した直後だった。しかしこのときに、そういう経験をしているあなただからこそやって欲しいと、挑戦の場を得たことが今日につながっている。
「離婚もそのためだったのかな」と思うこともある。それまでのいろんな経験やその時鹿児島に居たこと、新聞に載ったこと…そして、その記事が超多忙な二宮医師の目に偶然留まったこと…。
話を伺うほど、何かの「導き」なのだろうかと感じさせられる。
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| メディカルメイクとセラピーメイク |
所属していた化粧品会社ではメイクアップ技術大会で2年連続最優秀賞を受賞するなど、メイクの技術・アーティストとしての資質は充分持っていたものの、傷をカバーする等の医療に関わるメイクアップについては経験がなかった。1~2年は勉強しながら活動。
現在は、メディカルメイク「傷やあざのカバーメイク」とセラピーメイク「化粧を介した心の支援、化粧療法」を自ら行うかたわら、メイクセラピスト(施術者)の養成も行っている。幅広い“メイク(化粧)”の中にメディカルメイクやセラピーメイクが含まれていると考える。
“氣粧”という言葉も原口さんの造語。肌に触れて外側に施すメイク(術)が、気持ち、心に癒しを施す術にもなる。 |

講演でも大活躍の“マリちゃん”!
右のようにカバーされ、濡れても触っても落ちません。
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病院でできないこと
病や傷の治療は終わると“患者”ではなくなる。けれども、患ってはいなくても生活していくことに支障が残ることがある。しかし、病院ではこれに対処ができない。原口さんが託されたのは病院ができない対処の部分だった。
実際に携わってみると、カバーメイクをきれいに行うことと共に、深く深く傷ついている相手の心にいかに触れるか、関わるかということの比重も大きいことを実感する。予約の電話から既に施術は始まっている。
お客様は「時間を買っている」と考える。原口さんのところに来たら「自由。何をしてもいい。」のだ。メイクの時間でもあり、肌に触れてもらう時間でもあり、話をする時間でもある。
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希望の「キレイ」を
お客様の要望を叶えられたとき初めて仕事をこなしたと考える。こちらが思っている「キレイ」と、お客様自身が感じる「キレイ」が違う。通常のメイクでも口紅の色ひとつでもお客様の思いは深く、カバーメイクでもどこまでカバーするか想いが違う。そしてもう1つ、お客様自身の周囲の評価も大きい。ご自身の評価と周囲の反応を総合してアレンジしていく必要がある。
一方で、「ずーっと通い続けられてはダメ、“メイク依存症”にしてはいけない」とも考える。原口さんの手から離れて自立していって欲しいと願っている。一番伝えたいのは「いまのあなたでいいよ!」ということ。
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女性に機会を与える賞
営業は苦手。ビジネス=利得をなかなか考えられない。でも生活のために稼ぎたい気持ちもどこかにある。そのためにはスタッフを抱えて仕事を大きくしていくことも必要かもしれないが、想いが同じ人でなければ一緒にやれないとも思う。
自分の代わりにチラシやホームページ等を作ってくれる人、それらを配ったり、活動を告知してくれる人…原口さんができないことを代わってしてくれる人が周囲にたくさんいらっしゃるそうだ。そうすると、そのうち想いが一緒の共に仕事のできる人も集まってくるのかもしれない。
2005年に国際ソロプチミストアメリカ連盟「女性に機会を与える賞」において、日本人初のアメリカ連盟最優秀賞を受賞された原口さん。受賞されたのもすごいことである上に、その賞の主旨は、“家計を主に支え経済的困難に直面しながらも、一層の技術向上をめざす女性を支援”する賞だ。目に見える支援、見えない支援をたくさん受けるのは、単なる幸運では決してない、原口さん自身のそれを受け取る力があるからこそと感じられる。何かの導きがきっとこれからも続いていくはず! |
看護学校での講義の様子
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