相手が変わると
つくづく、相手が変わると自分が変わるなあと感じる。自分が変わるとまた相手も変わる。
ぽんぽんぽんと話が弾んだり、たんたんたんと段取りが進んだり。
今度は、あっちゃこっちゃつまづいたり、迷路に迷い込んだり。
ふと、気がついたら距離が近づいていることにびっくりしたり。
あら、懐に入り込んだつもりが、置き去りにされたことに気づいたり(悲し(*。*;))。
ああ、人の間って不思議。
自分もいい変化をしていきたい。どう変わったらいいのか答えは出ないけれど。
« 2006年10月 | 最新の記事 | 2006年12月 »
つくづく、相手が変わると自分が変わるなあと感じる。自分が変わるとまた相手も変わる。
ぽんぽんぽんと話が弾んだり、たんたんたんと段取りが進んだり。
今度は、あっちゃこっちゃつまづいたり、迷路に迷い込んだり。
ふと、気がついたら距離が近づいていることにびっくりしたり。
あら、懐に入り込んだつもりが、置き去りにされたことに気づいたり(悲し(*。*;))。
ああ、人の間って不思議。
自分もいい変化をしていきたい。どう変わったらいいのか答えは出ないけれど。
紳士という言葉は、この方のためにあるんだろうなあと思わせる。謙虚に、穏やかににこにこと、キラキラ目が輝いて、一所懸命で元気よく、そして誰にも丁寧にお話しくださる。困難や悲しみも静かにうけとめられる。
せめてお目にかかる日には自分も淑女でありたい、と思わせる。
ひとりひとり、価値観が違ってる。ふと気づく。自分は違うんだなあと気づく。
時に、許せないなと感じる自分に、何故だろと聞いてみる。求めていたり、急いでいたりする。気づいてみると、違っててもいいはずたよねえという気持ちがちょこっとする。違ってるとこ楽しみたい。いつも楽しめるといいけど(^^;) も少し幅がでるといいけど。ねえ。
がんばってる人との出逢いっていいもんだ。今年もいろいろがんばってる女性との出逢いがある。いろんなことを思う。
自分はどうだ?とか、こんな風に話せるといいなとか、うらやましいなとか、成功しますようにとか。。。
大抵は、自分の甘さに直面させられるような思い。ふらふらと生きている自分。
でも、、、うーんと考えてみると、がんばってるところもあるな。ところどころ。抜けてるところもあるけれど、人よりがんばってるところもある。あっちはだめでもこっちがある。それでいいのかな。
ヤケ買い。洋服。最近、あんまり買ってなかったからなー などと、心で言い訳しつつ。
なんか、気分明るくなるんだよね。洋服選ぶと!いいのが買えると〜
今日消費した金額を思うとめまい(*_*)うにょーーーーーーーっ 気分明るいのか?ほんとに(・△・)
ツマッテルときは、買い物っていいよねー。買い物依存症の人の気持ちもちょっとだけわかる気もする。
でも、A型ゆえ?支払いの当ての無い買い物はできないなあ。
誰も悪い人はいないのに、なんとなくうまくいかないときもある。何だろうな。
心づかいもわかるのに、大切にしたいのに、言い過ぎてしまった気がして。みんなが心を砕いているのに、何かが邪魔でもしてるのか?
時間のめぐりあわせがまわってくる瞬間を探してみる。もう少し?こんなときもあるんだな。
嫌だと思っている人に、どんなに働きかけても自分がその人の気持ちを変えたりはできないと、よくよくわかっているんだけれど・・・何かできないかなと触ってしまう。もっと待てない?
待つ時間は長い。待たせている方よりたぶん長い。
何かできないかという想いを届けることができないかな。
↓↓(*_*↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ずどずどずどどんと、落ち込んでいると、
ふっとそれを知らないはずの人から、心のこもった私を案じるメールが届いたり、思いがけないhappyなご案内が届いたり。今日はちょっと不思議な日になった。お届けいただいた方に感謝感謝感謝。ありがとうございます。心に応えられる人になりたい。がんばろ。
うーん、今月の予定を確認していると、まだやり遂げていないことがたくさん。週末も気を抜けない。しっかり気持ちを立て直して、目の前のことをひとつひとつ片付けていきたい。
今日みたいなぐずぐずの天気の日もある。ぐずぐずの天気だから気が晴れないのか?
思っていることを上手に伝えるのは難しい。思いを受け取るのもやっぱり難しい。
「大変」という字は「大きく変わる」と書く、という話を聞いた。どう変わるか、プラス?マイナス?。大変な時は転機。危機(クライシス)は分岐点なんだっていう話。
大変なとき、そこでどっちの分かれ道に行くか。一所懸命苦しんで、ひとつ成長したい。
ちょっと違った。アトリエ縄文じいさんのうえださんなのだった。
Sさんに誘われて、一緒にお食事した。ホームページを見てみたらなんだか不思議というか、深そうな人だなあと思った。お会いしてみたら、うんやっぱり深いのかも。
「愚痴を聞いてもらって」と言われたけれど、愚痴じゃなくて「夢」って感じ。
同い年であることも判明。。。うーん、お互いがんばりましょうっ
ぜひ見て→ 縄文じいさん
ずいぶん前から放映されてるんだけど、最近特に耳に残ってくるのが「愛の一撃」。
福山雅治が出演してBGMも歌っている車のCM。
愛の一撃ってあるなーと、妙にドキッとする感じ。きゃー♪福山雅治の声もまたなんともいいんだよね。
どうもCMのための曲で、CD化されてないらしい。なったら売れそうなのに(>▽<)/
あと1回、最終日を残す。今年の産業カウンセラー養成講座。
ここにきてぐぐぐと力をつけてくる人、自分の弱いところに気づいたけれどそこから脱却するのに苦しむ人、まだ来談者中心療法の傾聴への理解がすすまない人、さまざま。
自分のことも振り返って、同じところで苦しんでいる人を見ると、あと一歩踏み出せば・・・辺りがぱーっと開けてくるはずなんだけど、、、と自分も苦しくなる。大丈夫、と励ましてみても力にはならないかもと思いつつも、やっぱりやってしまう。背中を押したくなる。
”傾聴”の意味、”傾聴”の力に出会っていない人には、果たして私は何ができるのかほんとに自分も苦しくなる。一日終わると、「あの時、あの一言をとらえてもっと聞いて、自分の言葉で話してもらったらよかったかなあ」と気づいたり、今日はまた自分が語りすぎたかなあと反省したり。なんで、いっつもその場で気づかないんだ!!!!と自分に怒る日々。
自分で思い、考え、悩まないと理解なんてできないわけで、悩んでもらうためにボールを渡したい。そのボールがなかなかうまく投げられなくて、苦しいのだ。
*************************
どんなに理解ができていて、スキルのある人でも、ちょっとした心のスキにつまづいてしまうみたいだ。自分の知っていることを伝えたい、今ここをわかってほしい、そして自分を認めてもらおうとする心が働くみたいだ。
その前にやっぱり”相手のことを考えること・感じること”なんだと、気づかされる。
人はそんなに簡単に変われない。だってその姿でずーっと生きてきてるんだもん。”嫌だ、変わりたくない”をキャッチしたとき、それを尊重することが大切なんだなあと感じる。
何もかもオープンで、開放できる人には、開放できない人の気持ちはやっぱりわからないんじゃないか。たぶん、開放したら楽になる・オープンな人が理想の人だってことなんだろうけど、わたしはやっぱりそうとばかりは思えない。
オープンな人もいていいけど、オープンじゃない人もいていいじゃない。いろんな人がいて、いろんな関係があって、そういう中で生きていくのが人生なんじゃないか。おもしろいんじゃないか。